【竹内美樹の口福のおすそわけ 301】japan 宿泊料飲施設ジャーナリスト 竹内美樹


 ジャパンといっても、野球日本代表「侍ジャパン」でもラグビー日本代表「ブレイブ・ブロッサムズ」でもない。「漆」である。前回のテーマは御御御付(おみおつけ)だったが、今回はそれを入れる器について。中国からヨーロッパに伝わった磁器のことを「china」と呼ぶように、日本から輸出された漆器を「japan」と呼ぶという。

 異論もあるが、英和辞典を引いてみると、小文字で始まる「japan」は「漆(を塗る)‥漆器」とある。ヨーロッパに持ち込まれた漆器は彼らを魅了したが、同じ物は作れない。なぜならウルシの木の生息域は、東アジアから南アジアにかけて。つまりヨーロッパには漆が存在しないため、ワニスという代替品で塗装したようだが、この漆器の模倣技術を「ジャパニング」と呼ぶそうだ。いずれにせよジャパンに起源があるワケで、漆器が日本を代表する工芸品の一つであることは間違いない。

 さて、その漆器の中でも最も身近なのがお椀(わん)だ。御御御付やお吸い物は、お椀がなければいただけない。ナゼ汁椀は漆器なのか? 陶器ではいけないのか? その答えは、筆者が中学生の頃、衝撃を受けた、谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」に詳しく書かれている。

 「陶器は手に触れると重く冷たく、しかも熱を伝えることが早いので熱い物を盛るのに不便であり、その上カチカチと云う音がするが、漆器は手ざわりが軽く、柔かで、耳につく程の音を立てない。私は、吸い物椀を手に持った時の、掌(てのひら)が受ける汁の重みの感覚と、生あたゝかい温味(ぬくみ)とを何よりも好む」

 漆の特徴として、乾いて固まると、断熱性、保温性、耐水性が生まれ、腐敗防止や防虫効果も得られるという。だから、熱々の汁物を入れたお椀を手で持つことができ、火傷で唇オバケにならずに済む。その上、中身が冷めにくい。

 優しい口当たりも、漆器ならでは。飲み物や汁物を器から直接口に運ぶ場合、器の口当たりは重要だ。筆者が役員を務めている飲食店では、薄吹き製法で作られた「うすはり」というグラスを使用している。食洗機が使えないのはモチロン、割れるリスクも高いが、口当たりの良さは天下一品。コレでビールを飲むと、おいしさが倍増する。

 話は変わるが、先日、大切にしていたご飯茶碗を、うっかり割ってしまった。形のある物は、いつかは壊れると分かっていても、残念でならなかった。毎日使うのだから気に入った物が欲しいと思い、ネットで検索して購入したのは、漆器の飯椀。漆器なら割れにくいと考えたのだ。だから、結婚祝いなどの慶事に漆器を選ぶ人も多いと聞く。

 材質は欅(けやき)。弾力のある木材なので、薄く削ることができるという。届いた飯椀は驚くほど薄く、そして軽い。漆器は使い込んで育てる物だといわれる。美しい艶をまとい、下塗りの漆の色や木地の木目がうっすら出て、別の表情を見せるのだ。この新しい相棒が、どんなふうに育つか、今から楽しみ。大切に使わなくっちゃ!

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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